今年でメカニック歴20年。節目にメカニック人生を回想してみました(前編)

09.15.2020 | カテゴリー, スタッフ日記

こんにちは、トーランス店で整備部門を担当してます奥田です。この前、ふと今年で職業としてメカニックを始めてちょうど日米合わせて20年が経ったことに気づきました。20年を節目に私の日本での整備士時代のお話やアメリカにきた経緯、それから意外に知ってそうで知らないメカニック(整備士)の裏事情!?などをお話ししてみようと思います。

 

結構長いので2回に分けで投稿しようと思います。ご興味があればぜひ読んで頂けると嬉しいです。


自分は日本で2年間の自動車整備士の専門学校を卒業したのち、整備士の国家資格を取得しトヨタのディーラーにメカニックとして就職しました。日本では車は走行距離もそんなに乗らなく、車検もあるので故障として車が入庫することはまれで、ほとんどが点検、車検作業です。通常入社して3年ほどはひたすら車検、(車検班といいます)そこでいろいろな点検や交換作業などを学び、入社3-5年までま12ヶ月点検をひたすら(点検班)そして5-7年目からやっと花形である一般整備班と言ってタイミングベルトの交換やクラッチの交換(最近はほとんどオートマですね)をさせてもらいます。いわゆる整備士らしい仕事です。

 

自分の場合、上の先輩が整備技能コンクールで全国大会に行った優秀な先輩で、その先輩に入社2年目に「俺が車検やるから奥田一般整備やれ」と2年目にして一般班に行きいろいろな整備を幸い早いうちから経験させてもらいました。恵まれた環境でした。トヨタではメカニックにステップ教育制度があり、教科書や参考書をもらい、仕事が疲れて帰ってきても座学的な勉強は毎日のようにしないとついていけない状態でした。最終目標はトヨタ1級整備士を取ることですが途中で挫折して取れない先輩方もたくさんいました。

 

自分は幸い入社6年目でトヨタ1級整備士を取得しましたが、正直1級の肩書などは今思えばどうでも良く、それまでのステップ教育を受けれたことに大きな意味があったと思っています。トヨタ1級取得後、もう2年ほどトヨタで働き、渡米する準備を始めました。専門学校で学んだ2年間と、トヨタで教育を受けたことが未だに自分の今の仕事の基本となっています。研修センターが火事になって中止にならないかなと思うくらい教育、教育でしたね。

 

整備士以外の仕事をしている方から、良い整備士のイメージを聞いてみると「手先が器用」とか「なんでも交換できる」とかメカニカル的なことを言う方がいますが、自分の中で良い整備士とは、ダイアグノーシス(故障探求)がロジカルに考えられてできるか、あとは的確にお客さんに問診できるかです。それが出来るかできないかで、人を使える整備士になれるか、仕事をもらって仕事をする整備士か分かれます。もちろん経験や器用さも必要ですから、「知識(頭脳)」と「経験(器用さ)」の天秤です。日本では故障も少なくトヨタの車だけやっていた自分はもう少しいろんな経験をしたいと思うようになりました。偶然19歳で専門学校の卒業旅行がLAで、こちらの整備事情を見に来たのでそれがきっかけで、いつかアメリカで整備士をして自分の実力を磨き働きたいと思っていました。

 

次回アメリカ編に続く・・

 

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